第一章  平穏

 

 やわらかい風で、周りの草木がさわさわ揺れる、風に乗って、青々とした自然の香りが漂ってくる。森の木々の屋根、その小さな隙間から差し込む無数の光は、神秘的な空間を、よりいっそう幻想的に思わせた。

そんな、別世界を思わせる空間の中で一人、ナコルルは一本の木に寄りかかって座っていた。

ナコルルは大自然の巫女を務めているというのとは別に、大自然に包まれて、大自然と共に過ごす事が好きであった。だからこそ、家系だからという理不尽な理由でやらされる巫女も、ナコルルにとっては決して辛いものではなかった。

自分達は大自然と共に生き、大自然のおかげで、自分達が生きていけているということを理解し、素直に大自然に感謝していた。

カムイコタンに住んでいる人間の中で、唯一自然と会話をすることができるナコルルは、人よりも自然の気持ちを理解することが出来、自然を癒し、そして自然に癒されていた。

ナコルルは思う、他の皆にも自然の声が聞こえればいいのに・・・自然の声を聞き、自然をもっとよく理解し、もっと自然を愛してほしいと。

「ナコルルー」

遠くからナコルルを呼ぶ声が聞こえる。ゆっくりと目を開いて、声のした方に目を向けると、木々の間から、髪の毛を頭のてっぺんで結んだ、七歳位の少年が姿を現した。

「あらミカト・・・」

ミカトは、ナコルルと一緒に生活している、巫女であるナコルルの従者である。

主に家の掃除、その他家事全般、ナコルルが巫女としての仕事がある時の付き人である。そんなミカトの事をナコルルは、従者としてではなく、家族としてイレシパクル(孤児院)から迎えた。

ミカトは、七歳という幼い年齢とは打って変わって、家事などをそつなくこなして、年齢の割にはとてもしっかりしていると、ナコルル自身は太鼓判を押している。そのしっかりしているミカトのおかげで、ナコルルはいたるところで助けられており、ナコルルにとっていつの間にか、ミカトという存在は、無くてはならない者へとなっていた。

「もうそろそろお昼の時間だよ」

「あら、もうそんな時間なのね」

 

「あっ、お姉さまぁ!お帰りなさぁい」

 家の中に入り、まず最初にナコルル達を出迎えたのは、ナコルルの妹であり、ミカトの姉貴分のリムルルだった。

 リムルルは、ナコルルが入って来るなり駆け寄り、ナコルルに抱きつき、ナコルルはリムルルの体を優しく包み込んだ。

「ただいま、リムルル」

「お姉さまのために、お昼ご飯用意しておいたんだよぉ」

「それ作ったの僕なんだけど・・・」

 リムルルが嬉しそうに語りかけている横からミカトが口を挟むと、リムルルはギロリとミカトを睨みつけた。ミカトは驚いて背筋をピンと張り、だらだらと脂汗を流していた。

「ミカトのくせに生意気ぃ。こういう時はあたしを立てるべきでしょぉ?」

 リムルルは、ミカトの頭を強くはたいてしかりつけた。

「こらリムルル、ミカトをそんな風にいじめないの」

 その場に三人ともそろっていれば、最後にはナコルルがリムルルのことをしかりつけ、そしてふてくされているリムルルの横で、ナコルルがミカトのことをなだめるのが、もうすでに日課となっていた。

 ミカトもしっかりしているとはいえまだ幼い少年、あんな理不尽なことを言われれば人並みに傷つく。そんなミカトを慰め、励まし、全員の和を保っていられている所を見ても、ナコルルはしっかりと、この二人の姉としての役目を果たしている事が分かる。

 ナコルル自身、まだ大人と呼べる年では決してないが、村の巫女としての仕事を全うする所も、大自然を人よりも大事にする所も、何よりも、ミカトとリムルルのお姉さんをしている姿も、大人と呼ぶには十分なものであった。

「じゃあ落ち着いたところで、ご飯にしましょ」

「うん、いただきます」

「いっただっきまぁす!」

 口をそろえて食前の挨拶を済ませ、ナコルルとリムルルとミカト・・・

「ピーッピーッ」

 かつかつかつ・・・

 と、部屋の止まり木にとまっている鷹のママハハの、三人と一匹は食事を始めた。

 

 

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