ナコルルは、またしても森の木の側で寝そべっていた。

別に何かがあるという訳ではない、今日はなんとなくこうしていたかったのだ。多分、村の行事などが続いていたせいで、こうして落ち着いて自然の中でゆったりする暇がなかったせいだろう、こうしてゆっくりと、自然を肌で感じたのは久しぶりに思えた。

 ミカトは、以前ヤンタムゥに教えてもらったという釣りをしに、近くの川まで行っている。

ナコルルは重ね重ね、子魚は釣ってはだめと念を押しておいたが、すでにヤンタムゥからもそのことは教えられていたらしく、ナコルルが心配するまでもなかった。

 木の幹に身を委ねていると、木々の間からぴょこりとウサギが姿を現し、耳をクイックイッと動かしながら周りを見回し、ぴょこぴょことナコルルの元に駆け寄る。

 ナコルルには、そのウサギが何を考えているのかがなんとなく分かり、微笑みを浮かべて、膝を両手でぽんぽんと軽く叩く。

すると、その反応を待っていたといわんばかりに、ウサギはぴょんっとナコルルの膝の上に飛び乗り、そこで体を丸めた。

 ウサギを膝に乗せて、そのウサギの頭をなでているナコルルを見つけたリスや鹿、小鳥たちがナコルルの周りに集まり始める。

 リスもウサギにならってナコルルの膝の上に飛び乗り、鹿はナコルルの隣で座りながら草をみ、小鳥たちはナコルルの肩に止まって羽を休める。それは、普通の人が見たら女神と見間違えそうな光景だった。

 ナコルルは、この大自然を自分の母親も同然と思っていた。だから今自分は、このリスやウサギのように、大自然の膝の上で身を休めていると考えている。だからこそ、人が生きる為以外の、私欲のための必要以上の自然破壊は、ナコルルには耐え難いものであった。

(もう、あの頃の悲劇を繰り返さないでほしい・・・)

 ナコルルは、以前自分が出向いた天草討伐の事を思い出した。

 それは、巫女とはいえまだ幼さが残るナコルルには、消えることのない大きな傷を負わせるものとなっていた。

人々が魔に犯されて乱心し、自然をやたらと荒らしたこと、単なる敵だとだけ思っていた魔にも、実は家族というものがあり、ナコルルが斬った魔にすがり付いて泣く子供の魔のこと、悪の元凶である天草四郎を生んだのは、他でもない人間であったということ・・・。

 あれ以来、より一層自然を大切にする心が強くなり、そして戦うということももう辞めようと誓った。なのに、今日に限って心が落ち着かない。折角ゆっくりしていたというのに、どういうわけか胸騒ぎがしてきた。自然の危機の予感が頭をよぎる。ナコルルは、その予感が外れていることを心の中で願い、深呼吸して気持ちを落ち着けた。

 さわさわ、さわさわ、と、ナコルルの頬を風が撫でる。その時、ナコルルには何かが聞こえてきたような気がした。それはまるで悲鳴のような・・・。

 最初は、天草討伐の時の事を考えていたせいで、幻聴でも聞こえてきたんじゃないかと思ったが、周りの動物たちが頭を持ち上げ、耳を動かしながら見回し始める。

他の動物達にも聞こえているということは、これは幻聴ではないのではと思い、再び戦の事を思い出す。 

膝の上のウサギとリスの背中をぽんと軽く叩くと、二匹ともナコルルの膝から飛び降り、それを確認すると勢いよく立ち上がる。  

それにびっくりした小鳥がバランスを崩しそうになりながら、どこかへと飛び去る。

(この村で何かが・・・どうか、何事もありませんように)

 ナコルルは、誰へでもなくそう祈り、微かに聞こえたような気がした方向へと走り出し、どこまでも続く森の奥へと吸い込まれていった。

 

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