自分の感情に素直になった三人が泣き止むのには、思いのほか時間がかかった。皆自分の感情を全て吐き出してすっきりするまで泣き続け、やがて皆が泣き止んでいく。

「・・・ご飯が冷めちゃったよ」

 リムルルがポツリと呟いたように、リムルルとミカトの料理からの湯気が消えていた。きっと、ナコルルが自分の部屋に置いてきた奴も同じだろう。ナコルルは自分の部屋から夕食の残りを持ってきて、三人集まっての夕食を再開する。

 思った通り温もりを失っているそれは、三人の舌には冷たいだけだった。そもそも、泣き止んだばかりの三人の舌に、味覚というものが正常に機能しているとは思えない。味気ない食事ではあったが、三人で一緒に食事がとれるというだけで、心が温まる思いだった。

「言い訳になるかもしれないけれど、聞いて欲しいの」

 食事が終わって、食器を片付けに行こうとするリムルルを止めるかのように、神妙な面持ちでナコルルが口を開く。その声で、一度立ち上がったリムルルも座りなおす。

 きっとミカトとリムルルは、ナコルルが自分に起きた出来事を話すのだということが分かっているのだろう、二人のナコルルを見つめる表情は真剣そのものだ。

かえってナコルルは話しずらいとも思ったが、やがて重たい口を開き、森の奥で起きた惨状の、ありのままを二人に言って聞かせる。

森で動物達と身を休めていると、風に乗って悲鳴みたいなのが聞こえてきたこと。

沢山の動物達が無駄に殺されたこと。

その動物達を面白半分で殺したのが人間であること。

その人間に対して純粋な殺意を抱いてしまったこと。

ナコルルはその時の情景を頭に浮かべながら説明し、思い出したくないことを引き出してしまったせいか、時折胸を押さえて苦しそうな表情を浮かべる。

ミカト達も同じく顔をしかめる。ナコルルの説明で、その時の情景が完全に把握できたというわけではないが、ナコルルがあそこまで辛そうにしているというのなら、それはよっぽどのことなのだろう。

何にせよ、自然を自分の身のごとく大切にしているナコルルにとって、ナコルルが口にしたその時の状況は、身を引き裂かれて大勢に踏みにじられたかのように思ったのではないかと、二人はナコルルの心の痛みが手に取るように分かり、自分のことのように心が痛かった。

「でも、だからといってあれじゃぁ、まるで八つ当たりみたいで・・・」

 全てを聞いたミカトは、ナコルルの事を許してよかったんだと、改めて確信する。

悪いのは決してナコルルではない。さっきのあれは、もともと自分が悪いことをしているんだし、タイミングが悪かったんだと納得しておく。

「でも許せない!」

 リムルルが大声を張り上げる。その許せないというのは、もちろんナコルルに対してではなく、無益に動物を殺し回った人間達にである。

リムルルにとっても、自然とは自分の家の庭という感覚がある。自然を守り、自然と共に生きているカムイコタンの人間として、ナコルルに劣らぬ大きな怒りを抱いていた。

「姉さま、今すぐそいつらをとっちめに行こ!」

「だ、駄目よ。危ないわ」

 今すぐにでも飛び出さんばかりの勢いで、体を前に突き出してナコルルに訴えかけるリムルル。そしてそれを止めるナコルル。

 本当はナコルルもそうしたかった。

一度は殺意に身を囚われてしまった、それほどまでにあの事件の犯人が許せなかった。いまだに、森で出会った少女の言っていた、「もしあなたにその気があるのなら、もう一度ここに来なさい」という言葉が気なっているくらいだ。

でも、リムルルにはそのようなことはさせたくはなかった。

リムルルには、緊急時に現れるコンルという氷の精霊が付いているから、人と争って大怪我をすることは滅多にないだろう。

だが、些細な怪我だってして欲しくないし、馬鹿な人間達のために、リムルルの手を血で汚したくはない。リムルルにまで、天草討伐の時の自分の体験をさせたくはなかった。

「気持ちは嬉しいけれど、危ないことはしないで。お願い」

 リムルルは、ナコルルにそんな風にお願いされると滅法弱い。結局そのときも、「姉さまが言うなら・・・」と言って引き下がる。

 ミカトは、なんとなく自分が恥ずかしくなった。ナコルルとリムルルがこれほどまでに自然のことで心を痛めているのに、自分はまるでその心無い人間と同じようなことをしてしまい、そのせいで自分もその人間達に怒りを示すことが出来なかったためだ。

自然を荒らす人間は許せないなんて、自分が言える資格はないと思っている。だから、ナコルルたちと口を揃えることが出来ず、完全にの外へと追い出されていた。

「僕、やっぱり・・・」

 許されないことしたんだ。最後の言葉が口から出ることはなかったが、ナコルル達には、ミカトが言わんとしている事が分かり、自分の無神経さに顔をしかめる。

「ミカトの場合は仕方ないんじゃない?」

「そ、そうよ。それに、わざとって言うわけでもないでしょ?」

 リムルルが助け舟を出し、それに相槌を打つナコルル。

目の前の二人が、特にナコルルが必死になって慰めてくれるのなら、気にしないとまではいかないにせよ、これから挽回していこうという気にはさせられた。

「今日は色々ありすぎて疲れたわ。もう寝るね」

 ナコルルが、食器を台所へ持っていこうとすると、ミカトが自分がやるからいいと言い、食器はその場に置いたまま自分の部屋へ入っていった。

 

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