ナコルルの部屋から戻ってきてから少しして、ミカトもリムルルに半ば無理矢理立ち直らされた。まださっきのことは気になっているようだが、なんとか食事をとる事位なら出来るようになっていた。
広い部屋で二人っきりの沈黙は、形容しがたい居心地の悪さだ。
二人とも料理の味がよく分からない。少し乱暴な性格の割には料理の上手なリムルルのことだ、きっとリムルルの味付けが悪いわけではないだろう。おかしいのは二人の舌と精神状態だ。
「ナコルル、どうしてた?」
「さっきのミカトと同じ・・・」
折角ミカトが口を開いても、リムルルはそっけなく返すだけで話は終わってしまい、ナコルルがどうしているのは分かったが、ものすごく寂しかった。
リムルルは、ナコルルには塞ぎこんでいても仕方ないと思っているが、ミカトに対しては割と容赦なかった。理由はやはり、自分も辛いのにミカトが一人で塞ぎこんでいるのが気に食わないというものだ。そもそも、ミカトが怒られるのは当然の事だ、ミカトはそれだけの事をしてしまった、そう思うと、ミカトの事を可哀想とも思わない。
ふとリムルルが顔を持ち上げ、ミカトの方を向くと、丁度ミカトが皿を下に置いているところだった。皿の上にはまだ食べ残しが乗っかっている。
「やっぱり僕、もう一度謝ってくる」
ミカトが勢いよく立ち上がる。リムルルは、ナコルルの事をそっとしておきたくて静止の声をかけるが、ミカトには聞こえていない。急いでナコルルの部屋を目指し、ナコルルの部屋を塞いでいるに手をかけようとしたとき。
スッ
かすかな音と同時に、ミカトがまだふれていないすだれが横に開く。そして向こう側からナコルルが顔を覗かせる。
突然の事すぎて、ナコルルもミカトもそのまま固まってしまう。お互いに今、目の前に居る相手に用があって飛び出してきたのに、目の前に居るのに言葉が口から出てこない。
「姉さまっ!?」
リムルルも部屋に入ってきたナコルルの存在に気付き、リムルルも食器を下に置いてナコルルの元へ駆け寄る。
「姉さま、もう大丈夫なの?」
リムルルの声にナコルルは応えない。しかし、さっきのような無機質な表情ではなく、なにやら思いつめているようにも見えていた。ミカトの作っているのと同じ表情だ。
「「あのっ」」
ナコルルとミカト、同時に相手に声をかける。二人とも考えていることが同じだからこそ起きてしまう現象、こうなっては二人とも遠慮して発言できない。
二人の間に沈黙が続く。そんな二人に苛立ちを覚えるリムルルだが、言い出しずらいことだということも分かるし、自分が何か言うと話がややこしくなりそうだとも思う。口出しをするのが野暮のようにも思えた。
「・・・ごめんなさい」
先に口を開いたのはナコルルの方。そして頭を下げる。
他人行儀な謝り方、それは、ミカトが自分のことを許してくれないのではないかという考えから出てきた行動。
ナコルルは両目をきつくつぶり、神経を張り詰めてミカトの反応を待つ。
「・・・僕の方こそ、ごめんなさい」
ナコルルにとって、内心聞けるとは思っていなかった、一番聴きたかったのかもしれない言葉が、ミカトの口から出てきた。
望んでいた割には予想外だったため、驚きの表情を浮かべて顔を上げる。すると、すぐ目の前でミカトも、ナコルルと同じように頭を下げている。
お互いに他人行儀な謝罪、でも、二人とも自分なりの誠意を込めた謝罪。その誠意を二人とも見せ、二人とも相手の誠意を受け止めた。それは結果として、ナコルルはミカトの事を、ミカトはナコルルの事を許したことに繋がる。
互いに顔を上げると、ミカトは精一杯の笑顔を向けた。目の前に、自分のことを殺しかねなかった女が立っているのに、ミカトはなんとも無いようにに振舞う。ナコルルは、ミカトのようには振舞えなかった。
「全く強がっちゃって、さっきまでピーピー泣いてたくせに」
「なッ、ぼ、僕は泣いてなんかないよ」
ミカトは強い心を持っている、でも自分は心が弱い、そう痛感する。
目の前ではいつも通りのやり取りが行われている。リムルルがミカトをからかって、ミカトはそのからかいに乗る、さっきの今でそんなことが出来るのは、二人とも心が強いからなんだ。そこで私が二人をなだめる、なだめないといつまでも続いてしまう。二人がいつも通りにしているのなら、自分もいつも通りにしないといけない。いけないのに・・・
「・・・ナコルル?」
自分の名前を呼ばれたときナコルルは始めて、自分の目から涙が溢れ出していたことに気付いた。急に、自分の泣き顔を二人に見せるのが恥ずかしくなり、でも泣きたい気持ちと涙が止まらなくて、両手で自分の顔を覆って、床に膝を付いて泣き出してしまう。
「ごめ、うっく、ごめん、ひっく、なさい・・・」
一回謝っただけ、でお互いの気が済む筈のない事をしてしまったと自覚していてか、はたまた無意識なのか、しゃくりあげる声に混じって“ごめんなさい”の言葉を連呼する。
「泣かないでよ、そんなに謝られると、僕、僕・・・うわあああんっ!」
安心して気が緩んでいて、本当はミカトも泣きたかった。泣きたかったけれども、なんとなく泣いてはいけないような気がしていた。
しかし、目の前でナコルルが泣き出してしまうと、ミカトの心のたがも外れて、目に手の甲を当てて大泣きをし始めてしまう。
「み、ミカトが、泣いて、ど、ひっく、どうする、のよ・・・うっく」
リムルルに関しては完全にもらい泣きだったが、それでもナコルルが元に戻ってくれたことが嬉しいのには変わりはない。二人に溶け込んでリムルルも泣き続けた。