あれから随分歩いた。朝の割と早くに目を覚まして、一息入れてすぐに出発し、森を抜けた今では日が頂上に昇りそうな時間帯だ。もう間もなく目的の村に到着する筈だ。

「・・・見えた」

 ナコルルの目には確かに村が映った。小さく、質素な感じではあるが、それでも村人達の間での活気は失われていなかった。

 森を隔てて、カムイコタンの外側と内側では生活も文化もまるで違う、こちらは明らかに日本だった。

 村の中を歩いていると、周りの人間が仰天したような顔でナコルルに視線を注ぐ。

この村では普通着ない服装を身にまとい、体に木の枝まで巻きついている少女と、人より大きな狼がそろって歩いていると、嫌でも皆の目に留まってしまう。ナコルルが通り過ぎても、皆の視線はナコルルを追うばかりだった。

しばらく歩いているうちに村の中心に付いたらしい、目の前に大きな井戸と、その周りに集まる人々の姿が目に入る。

「でよぉ、ワシがそいつの頭つかんでこうしてやったのよ」

 数人の男が井戸の縁に腰掛け、その内の一人が、目の前に集まる子供達に身振り手振りで何かを話して聞かせている。

 ナコルルは、男のその手の動きは、ナイフを突き立てる動きだと瞬時に判断した。

 横からその男達の側に寄る。

「なっなんだよ・・・」

 奇妙ないでたちのナコルルにたじろぎながらも、強気な姿勢を見せてくる男達。

男の話に夢中になっていた子供たちも、突然の乱入者に興味津々な視線を送る。

 近くで見ると良く分かる。この男達の顔は、昨夜記憶の中に映った男たちの顔と一致する。間違いなくこの男たちが昨日の犯人だ。

 ガシッ

 手近な二人の首をつかみ、自分より一回り大きな男達を頭上へと持ち上げる。

普段から考えられない力だが、今のナコルルは溢れんばかりの力に満ちていた。

 子供達は何かの見世物と勘違いしたらしい、この事態に違和感を感じる者はいなかった。

どこからか悲鳴が聞こえてきて、やっと子供達もこれが異常事態なのだと気付く。悲鳴を上げた娘や、その周りの人間たちがそそくさとその場から離れる。

「な、何すんだっ!」

 残った男達がナコルルの腕に掴み掛かる。

 少女の細腕をはらう事が出来ない。男達の額から脂汗が噴出しているというのに、ナコルルは表情一つ変えず、細められた目はしっかりと吊り上げている男達を捉えている。

 二つの歪んだ男の顔がある。憎い、こいつらが、森を、自然を・・・。

「このやろうっ!」

 拳を後ろに引く横の男。ナコルルを殴って引き離そうという考えなのだろうが、ふと横を向いたナコルルと目が合うと、男の動きがぴくりと止まる。

 何を考えているのか、何を映しているのか分からない眼光。自分の意思で目の前の少女と向き合っている筈なのに、無理矢理少女の目を見させられているような・・・。

 ドスッ

 ナコルルはその時、自分に巻き付いた木の枝にも神経が通っていることを知った。

背中から延ばした木の枝が、見つめ合っていた男の心臓部分を打ち抜き、木の枝にドロリとした生温かい感触が伝わってきたことに驚いた。そして、あれだけ兎を殺すことが嫌だったというのに、目の前の人間なら平気で殺せるということに自分で感心した。

「う、うわぁぁぁぁっ!」

 一番早く状況を理解した少年が情けない声を上げて逃げ出し、それに続いて他の子供達も逃げ出すが、それでもまだ何人かはそこに残っていた。きっと怖くて体が動かないのだろう。みんながたがた震えるばかりでその場から動けない。

 右手になにやら軽い痛みがあって視線を前(上)へ戻すと、右手でつかみ上げている男がナコルルの右手を殴りつけている。考えていることは、さっきの男と同じということか。だがそれでも手は離れない。

 左手の方を見てみると、左手の男の首はだらしなく横に垂れ、口の端から一筋の血を流している。どうやら少し力んで、つい男の首の骨を折ってしまったらしい。

 死んでしまったのならどうでもいい。無造作に左手の男を払い捨て、右手の男に視線を集中する。

「自然の破壊者、許さない」

 ズズ、ズズズ、ズルズル・・・

腕に巻きついた枝がゆっくりと動き出し、とがった枝先が男の目の前で止まる。

男は喉の苦しさに気を取られて、目を閉じているせいでそのことに気付かない。

 ズシュッ

ナコルルの顔に返り血を浴びせて、その枝は男の額を貫通する、

 ナコルルが手を離しても、男の体は木の枝で宙吊りにされている。

心臓を一突された男も目の前に持ってき、二つの肉の塊を見てその醜さに眉をひそめる。

 この村には警備の者が存在しないらしい。ナコルルが時間をかけて男達の命を奪っている間に、自分を止めに来るものが一人もいない。

ましてや、ここには子供達もいるのだ。普通親とか大人が助けないといけない筈なのに、皆そろって自分の家に篭ってしまっている。

 ナコルルは二つの死体を払い落とし、未だに逃げ出していない子供達の下に歩み寄る。

 気付いたら、そこに残っているのは三人だけとなっていた。男の子が両手を後ろについて足を前に突き出しており、女の子二人が抱き合って震えている。三人ともそろって腰が抜けてしまっているらしい、走り出せる様子はなかった。

「・・・子供には、将来がある」

 六つの怯えた目を眺めながら、誰に言うでもなく小さく呟くが、それはレラには聞こえていたらしい。

『子供の将来は大人になるだけ。この子供達の行き着く先も、汚い大人である事に違いは無いわ。なら、今のうちに摘み取ってしまうべきね』

 子供達を、汚い大人にならないようにするにはどうすればいいのか考えていたとき、ふとナコルルはさっきの事を思い出す。

(この子供達は、あんなに興味シンシンで動物殺しの話しを聞いていた)

 頭に血が昇る。この子供達は、何で平気で楽しそうに、そんな残酷な話を聞けるのか。

 この子供達は手遅れなんだ。そういう結論に達したとき、頭の中が真っ白になった。

 背中から生えた無数の枝が右手を這い、指先を離れても真っ直ぐに伸びて、それらがお互いに絡まりあい、気付けばそれは、植物で出来た鋭利な刃物へと姿を変えていた。

 再び子供達に視線を移すとびくっと体を跳ね上げて、男の子の方が体の向きを変えて、両手両足の力を使って駆け出していった。

 残ったのは女の子二人。二人とも十にも満たない年に違いない。

恐怖のあまり、小さい方が失禁してしまった。

 大きい方の女の子の首の横に木の刃を添えるが、軽くはらえば簡単に首を撥ねることが出来るのに、それがなかなか出来ない。

『その者が必要なら生かしなさい。必要無いなら殺しなさい』

(私にとって、この子供達は・・・必要ない)

 シュピッ

 ナコルルには、少女の首が根野菜に見えた。それほど、簡単に少女の首は胴体から飛び跳ねた。そして、その少女に抱きすくめられていたもう一人の少女の目から上が、ニンジンのヘタを切り落とすかのように地面に落ちる。ただ軽く腕を払っただけなのに・・・。

 

「姉さまぁっ!」

「ナコルルゥ!」

 ミカトとリムルルは、どこへでもなく声を張り上げる。

 日が昇る前にリムルルが起き、ナコルルの様子を見に行った時に、ナコルルがいなくなっていることに気付いた。そして、村の住人に呼びかけてナコルルを探している最中だ。

 もう、カムイコタンにはいない、それは既に皆の中で確信となっている。

 二人は森の中を探すが、この森の中も既に半分以上は探し終えている。残りを探すにしても、ナコルルがいる可能性は極端に低いような気がした。

 ほぼ絶望的な状況で歩いていると、リムルルの目の前に水色の塊が姿を現す。

「コンル!」

 リムルル達の前で輝く氷の精霊が、リムルルにしか聞こえない声で付いて来るように語りかけ、人が走る位の速さで離れていく。

「待ってコンル!」

 リムルルもコンルを追って走り出し、ミカトも続こうとした時、頭上を何かが飛び去った。そしてミカトの目の前に現れたのは、両足でチチウシを掴んだママハハだった。

 再びママハハがミカトの頭上に上がると、ミカトの上からチチウシを放り投げ、ミカトがそれを掴むと、森の彼方へと飛び去っていった。

(ママハハが、僕にチチウシを・・・?)

「何やってるのぉ、置いてくよ!」

 ミカトはチチウシを背中の帯に刺し、リムルルに追いつくように走り出した。

 

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