第四章  哀愁

 

 コンルに導かれるまま森を抜けなお先へと進んでいくと、前方から村らしきものが目に飛び込んでくる。そして、入り口あたりに大きな獣の背中を確認する。

「あっ、シクルゥだ!」

 リムルルの声が聞こえたシクルゥは体を起こし、リムルル達の方を向いて出迎える。コンルがシクルゥの側で止まるということは、コンルの目的地もここで間違いないのだろう。

 改めて村を見回してみる。村に人の気配がしないのもそうだが、どの家にも木の枝のような物が巻きついているのが気になる。

「ここで、何があったんだろう・・・」

 ミカトの呟きに誰も応えない。なんとなく嫌な予感がしているから・・・。

 コンルが一瞬だけ少し強く光り、リムルルが村の奥に視線を向けると、その先からよく見慣れた姿が近づいてきた。

「・・・姉さまッ!!」

 それはナコルルだった。ナコルルだったのだが、すぐに様子がおかしいことに気付き、駆け出したい気持ちを抑えた。

「その枝・・・まさか、姉さまがこの村を?」

 否定して欲しかった。自分の知っている姉は、決して村を滅ぼすような人じゃない、この村はもっと別の理由で消えたんだ、そう思いたかった。しかし・・・。

「自然を奪う者は、消した」

「ど、どうして姉さまがそんな事を・・・」

 理由は分かっている、これは復讐の為だ。でも、それをナコルルが実行するということが信じられなかった。

自分が「とっちめに行こ」だなんて言わなければ、こんなことにならなかったのかもしれないと被虐的になる。

「リムルルも、ミカトもいらっしゃい。一緒に復讐しに行きましょ?」

 昨晩、帰ってきたばかりのナコルルと同じだ。元のナコルルとは別人の、自分の意思で動いていないようなナコルル。敵をひねり潰すのを躊躇わない狂気のナコルル。

「そんなの、ナコルルらしくないよ」

 シクルゥの頭ではどっちが正しいのか判断できず、どっちの味方につくべきなのか迷っている様子だ。

「ごめんね、シクルゥ。ちょっと森に入っててくれる?」

 シクルゥが盛りに去っていく。その間もしきりにナコルル達の方を振り返っていた。

「姉さま、元の優しい姉さまに戻って。でないと、アタシ・・・」

 リムルルの目から涙が浮かび上がる。こんなことしたくない。でも、今のナコルルにはこうするしか他考えられないという気持ちを胸に、背中の帯にさしている宝刀「ハハクル」の柄を握り、腰を少し落とす。その後ろにコンルがぴったりとくっつく。

「リムルル、何を・・・?」

 ナコルルが見せる驚きの表情。妹に刃を向けられるとは思っていなかったのだろう。

(リムルルは、大事、リムルルは、大切な、妹)

「ヤメテ、リムルルとは戦いたくない」

「じゃあ、もうこんなことやめて。元の姉さまに戻って」

(だめ、怖い、また、苦しくなる・・・)

 元に戻ればまた、何もできなかった自分を責めることしか出来なくなる。破壊された自然の姿が目に浮かび、気が狂いそうな毎日を送らなくてはならなくなる。そう考えただけで体が震えだす。

「ミカトはそこで見てなさい・・・・・・いぃやあああぁぁぁぁぁっっ」

 リムルルが駆け出す。ナコルルは、大切な妹に刃を向けられているという事実に、呆然として身動き一つとらない。リムルルはもうすぐそこまで来ているというのに・・・。

「・・・・・・イヤアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 ナコルルは頭を押さえてかがみ、背中からの木の枝でリムルルを弾き飛ばす。

リムルルとは戦いたくない、リムルルを傷つけたくない。なのにリムルルは仕掛けてくる。思い通りに行かないことに苛立ちが湧き上がってくる。

「ヤメテ、これ以上やったら、リムルルを傷つけちゃう・・・」

「駄目だよ、あたしが姉さまを止めないと・・・まだ人を殺す気なんでしょ?」

 ナコルルの復讐心は、この村を破壊するだけでは収まることは無い。きっと、もっと他でも自然を破壊する者がいるに違いない、そう思うといてもたってもいられない。

(もう一人の私が言うように、私は闘いの中に身を置くしかない)

「私は、私にとって大事な人以外、必要無い人間を、殺す」

 ナコルルの思いはリムルルには届かない。リムルルの思いはナコルルに届かない。二人の間は完全に決裂した。

「私には、カムイコタンの人達だけ居ればいいっ!」

「姉さまの分からずやっ!」

 二人同時に飛び出す。ナコルルも戦う決心が付いたのか、右手に再び刃が発生している。

 

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