ミカトは夢中になっていて、自分が何をしたのかが良く分かっていなかった。気付いたら右手にチチウシを握っている。そして、ミカトの右手には確かに、何かを切ったてごたえが残っていた。

 後ろを振り向くと、リムルルが枝から解放されていて、その周りに枝の残骸が落ちている。そして気付いた。自分があの木の枝を切ったんだと・・・。

「ナコルルの笑顔は、僕が守らないといけない・・・いやぁぁぁっっ!」

 ミカトはナコルルに向き直り、チチウシを鞘に収めて飛びかかる。そして、間合いに入った所で、刀を抜いて切り払い、ナコルルはすんでの所で避けて後ろに飛ぶ。

「どうして・・・どうしてっ?」

 自分しか使えない筈のチチウシを、自分とリムルルしか使えない筈のシカンナカムイ流刀舞術を、ミカトが使っている。

 ありえない事が重なって、ナコルルの混乱が頂点に上り詰めていく。そして、ミカトにまで刃を向けられているという事に動揺を隠せない。

 ミカトの剣捌きは、それは決して手馴れたものではなく、脅威となるものではないのだが、ミカトが繰り出しているというだけでも恐ろしく思える。

 ましてや、さっきまで悶えていたリムルルまでもが参戦してくる。コンルを使ってくる事は無いが、大事な二人が自分に襲い掛かってくる。背中の枝で防ぐが・・・。

「ヤメテ、ヤメテエエエエェェェェッッ」

 枝を大きく振り払って二人を払い飛ばす。

 地面に強く叩きつけられた二人だが、気を奮い立たせて起き上がる。そして見たものは、地面にぺたりと座り込んで、両手で顔を押さえてすすり泣くナコルルの姿だった。

「チガウ、コンナノ、ワタシ、ノゾンデナイ」

(私、そんなにまでミカトとリムルルに責められる事を、していた・・・)

 急に、今まで自分がしてきた事に罪悪感が湧き上がってきた。

 復讐心が冷めていく。そして代わりに、リムルル達をこんなにも傷つけた、大切な家族に自分を否定された事により、自分が犯してきた過ちに気付いた罪悪感に捕らわれる。

『意思を強く持ちなさい、ナコルル。人間に復讐するの』

 頭の中に、もう一人の声が木霊する。その時ふっと、ナコルルの意識が飛ぶ。

 ナコルルは今、元居た場所に立っている。しかし、そこにはリムルルも、ミカトの姿も無かった。代わりに、目の前には黒ずくめの少女が立っている。

「ためらっては駄目、あなたは自然の為に戦っていればいいの」

 ナコルルに説得の声を掛けながら近づいてくる少女。

「さあ、迷いを振り切って、わたし、グッッ!?」

 思わずガスが抜けるような声を出し、ちりちりと熱くなっていく腹を押さえようとして、手が何かに阻まれる。

 それはナコルルの腕だった。その腕から伸びた木の刃が、レラの腹を突き破っていた。

 レラの腹から刃を引き抜くと、今度は両手でレラの首を絞め始める。

「ガッフッブブ、ガ八・・・ナ、ナゼ・・・?」

 吐き出した血で下あご全体を赤く染め、ありえないというような表情をナコルルに向けると、そこには、目にいっぱいの涙を溜めて顔をゆがめる顔があった。

「ミカトと、リムルルと、一緒が、いいよぉ」

 今まで続いていた心の葛藤に、ようやく決着が付いたらしい。ナコルルは、自然を破壊する人間への復讐より、ミカトやリムルルとの安息を選んだ。

 少女の両足から力が抜けてナコルルの体にもたれかかり、それでも体重を支えきれずにずるずると崩れ落ちていき、その場に倒れる。

「ごめんなさい、自分勝手な、ワタシを、許して・・・」

 倒れた少女から広がる赤い水溜りに膝を付き、うつむく。

 視線の先には、ピクリとも動かなくなった少女の背中。自分のエゴが生み出し、自分の解放のために殺した少女。この少女は、何のために生まれてきたのか・・・。

「ワタシは、多くの人を、裏切りすぎた」

 改めて、自分の犯した罪の深さを知る。

(もう、私は、元には、戻れない・・・)

 

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