次に目を覚ました時自分は、リムルルの手によって抱き起こされていた。
「姉さま、気が付いた?」
リムルルが恐る恐る聞いてくる。
ナコルルが自分に襲い掛かってくるのではないかという心配は拭えていない。というのは、いまだナコルルの体から、木の枝が消えていないからだ。背中の塊に触れたときには、驚いてナコルルの体を落としそうになってしまった。
(こんな優しい、こんな暖かい手で、戦わせていたなんて・・・)
「・・・ねえ、ミカト」
突然呼ばれて、驚きながらもこちらに視線を向けるミカト。
「あの剣術、どこで?」
「・・・ごめんなさい。ナコルルに内緒で、黒い服の女の子に・・・」
そこまで聞いて苦笑を漏らす。
(私だったんだ・・・)
これが幸いとなったのか、災いとなったのかは分からない。もし自分が、ミカトに剣術を教えていなかったら、きっと自分は破壊だけの暴徒と化していた。
ナコルルがリムルルの手を離れて立ち上がり、二人もそれに続く。
「・・・ごめんなさい、心配ばかり掛けて、迷惑掛けて」
全てが終わった事を知った。ナコルルはもう戦わない、人を殺さない。
「・・・ッ、姉さまぁっ」
元のナコルルに戻ったと知り、ナコルルの胸に飛び込んで泣き出すリムルル。ナコルルのスカートの裾を掴んで泣くミカト。そんな二人を優しく包み込んだ。
(ごめんなさい、酷い事して、ごめんなさい)
ミカトとリムルルが泣き続ける事により、一層ナコルル罪の意識は大きくなっていく。
じきに二人は泣き止み、涙を拭いながらナコルルから離れる。その時の二人の表情は、心の底から安心しきっていると言うのが伺える。
その表情がまた歪む、それが分かっているナコルルには辛い事だが、意を決して、ミカトの背中から抜き取ったチチウシの刃を喉元に当てる。
二人があせりで顔をゆがめる。
予測していたとはいえ、やはり二人を不安がらせるのは心苦しい。自分の意思でやっているのならなおさらだ。
「ごめんなさい。でも、私は取り返しの付かない事をしてしまったの」
この村を壊滅させ、人々を惨殺していった。その罪の意識が押し寄せているナコルル。その気持ちは理解できた。でも納得はしたくなかった。
「どうしてっ?折角、元のお姉さまに戻ってくれたのに」
ナコルルの腕に手を伸ばそうと足を出そうとしたが、両足が動かない。リムルルもミカトも、地面から生えた根っこで足を絡めとられていた。
「ナコルルッ、早まっちゃ駄目だよ」
説得を試みるのだが、ナコルルには聞こえていないらしく、リムルル達には決して手の届かない所まで離れる。
誰の邪魔も入らない状態で、再び刃を喉に当てるのだが、ナゼかそれで手が止まる。
横に引けば簡単に死ねるのに、手がその通りに動かない。死ぬ事を怯えている。
(村の人間は、簡単に殺せたくせに)
自分がやってきた行為が偽善的に思えてきた。人は殺せる癖に自分を殺せない。
「ナコルルッ、もう終わったんだよ」
「姉さま、もうどこにも行かないでっ!」
リムルル達もそう言ってるじゃない。死ぬのなんて止めて、リムルル達と静かに暮らしていけばいいじゃない・・・。
(・・・随分と弱くなってるわ。私)
一瞬でも、生きる方へと意識を持っていった事を情けないと思い、だらりと両手を下ろす。
「・・・ここに、いやがったか」
後ろから聞こえた、聞き覚えのある野太い声。振り返るとそこには、刀を杖代わりにして歩いてくる覇王丸の姿があった。覇王丸は、ナコルルが戦いを止めているという事を知らず、敵意をむき出しにした目を向けている。
(自分で死ねないのなら、この人に・・・)
「お願い、覇王丸。私のこと、殺してっ!」
すがりつくような目を向けて、両手を大きく横に開く。自分は抵抗する気はない、黙ってあなたに切られますという意思を、全身を使って表示した。
対する覇王丸は、予想外の展開に、両手をダランと垂らして呆然としてしまっている。
「・・・どういうつもりだ。突然殺してくれってよぉ」
「もう、これ以上生きてたら、気が狂ってしまいそう・・・」
罪の意識がもう抑えきれない。その意思は完全には伝わらないが、ナコルルが既に正気を取り戻している事は伝わり、覇王丸の心が動く。
覇王丸は女の涙に弱く、女に泣いて頼まれるとそれを無下にあしらう事が出来ない。少女に泣いて“殺して”と頼まれ、心の中で激しく葛藤する。
「無抵抗な女は斬れねぇ、オメエも戦え」
葛藤を和らげるため、問題を先送りにするための言葉。
「戦わないと、殺してはくれないの?」
「あ、ああ、全力で来ないと殺さねえ」
これから死のうというのに、最後に戦わないといけないというのは憂鬱だったが、他に方法が無いのならと、チチウシを背中に刺して構える。そして、それを見た覇王丸も構える。
危険なら、大人しく斬られようと思っているナコルルは、さっきのように枝を使う事を止め、チチウシだけを使って正々堂々と戦う事に決める。