遠くで二人が何かを叫んでいるが、もはやナコルルにはそれが聞こえていない。覇王丸も、ナコルルの考えを汲み取って二人は相手にしない事にする。
じりじりと間合いを縮めていく。ナコルルも、全力で来いといわれたからにはと、神経を刀に集中する。
こんな時ママハハがいてくれたら、と心で呟きながらも、視線は集中する。
最初に駆け出したのはナコルル。持ち前のすばやさで、大きく開いた間合いを一気に縮める。
カシィンッ
正真正銘の金属同士の音。チチウシが横に払い、河豚毒が受け止めて払う。
「旋風裂斬」
覇王丸が刀を振り上げると、ナコルルに向けて一直線に突風が襲う。それを上に跳んで避け、空中から刃を向けて襲い掛かる。それを、円を描くように剣を振り回す事によって防ぐ。
ナコルルは強かった。覇王丸が探していたつわものというのに値する。そんなナコルルと戦っていられるというのは不謹慎にも楽しかった。
しばらく二人の打ち合いが続いた後に、再び間合いを取って見つめ合う。二人とも疲労が溜まっており、これ以上闘いを長引かせる事が出来ない。
「待たせたなぁ、次で終わらせてやる」
一瞬、ナコルルの表情に安堵が浮かんだような気がした。これで戦いが終わる、死ねる。
「行きます・・・アンヌムツベ!」
逆手に持ったチチウシが、低い姿勢から高速で覇王丸に襲い掛かり、覇王丸はそれを動かず迎え撃つ。覇王丸の射程内に入ったとき。
「うぅおるぅあああぁぁっっ!!」
ザシュッ
覇王丸より後ろで止まり、お互い背を向けて立つ。ほんの数秒そんな状態が続くと。
「っっっ、うう、ああああぁぁぁぁっ!!」
ナコルルが膝を付いて座り、左手で右手首を掴む。その上には、手が無い。
切り口から血が溢れ出す。自分の腕と、遠くで突き刺さったチチウシを掴んでいる自分の手を見比べる。やがて手にも力が抜け、ボトリと音を立ててチチウシから落ちる。
「ッッ!イ、イヤアアアアアアアッッ!」
悲鳴を上げて額を地面にこすり付ける。
死ぬつもりだったのに、言いようの無い不安に襲われる。
「・・・もうこれで、こんな馬鹿な真似は出来ねえだろ」
覇王丸は刀を納め、ナコルルの前に立つ。
「あいつらほっといて、自分だけ死ぬ気か?」
覇王丸がナコルルの頭をつかみ、村の入り口のほうを向かせると、リムルルが地面にぺたりと座ってすすり泣き、ミカトが立ったまま大泣きしている姿が見えた。
「あいつ等の為にも、オメエは生きねえといけねえんだよ」
それだけを言い残して覇王丸は、ナコルルに背を向けてその場を立ち去った。
ナコルルに言った事は、精一杯の強がりだった。本当はナコルル自身を斬る事が出来なかった。
腕が振るえる、右手に残る感触が気持ち悪い。一秒でもここから立ち去りたい。
「俺もまだまだ修行が足りねえな」
未熟な自分に苦笑して、村から静かに立ち去った。
まだ頭が混乱していて、思いの外足取りが重くなっている。
チチウシを引き抜いて鞘に収め、転がっている自分の右手を左手で掴む。左手の上で右手が転がっているというのは不思議なものだ。そんな理解しがたい感覚が、ナコルルの頭を麻痺させていく。
地面に血をこぼし、左右にふらふらと揺れながら歩いてミカト達の前まで歩み寄るが、二人はナコルルに気付かずに泣き続けている。
「ひっぐ、えぐ・・・ナコ、ルル?」
上を向いて泣いていたミカトが、気配を察知して呼びかける。ナコルルが「うん」と応えると、ミカトは間の抜けた顔のまま、しゃくりあげながらナコルルの顔を見つめる。そして、うつむいて泣いていたリムルルも見上げる。
二人とも、ナコルルが死んでしまったと思っていたせいか、ナコルルが生きていた事にひたすら驚く事しか出来ない。何せ、ナコルル自身も自分が生きている事が不思議なのだから。
(こんなに泣いて・・・また、悲しませてしまった)
ナコルルはいまだに迷っている。この二人をこれ以上悲しませたくない。でも、生きていればきっと、自分の犯した過ちに苦しむだろう。
二人の足からつるを取り除く。まるで亡者が光を求めるかのように、両手を前に出してよろよろと歩み寄り、そして再び抱きつく。今度は絶対に離さないというようにきつく。
「ごめんね、今度こそ、もうどこへも行かないから・・・帰ろ」