リムルルの肩を借りてなんとか村まで戻ってくると、ナコルル探しを半ば諦めかけていた村の人間が、ナコルルの存在を見つけて一斉に囲む。
「どこに行ってたんだよナコルル」
「そうだよぉ、心配しちゃったんだからぁ」
前に出てきたのはマナリとヤンタムゥ。
やはり幼馴染として、人一倍ナコルルの事を心配していた二人が声を掛けてくる。マナリに関しては涙まで浮かべている。
(私は、こんな多くの人に心配を掛けてしまった、やはり、私は酷い女だ)
「その腕、どうしたんだ?」
ヤンタムゥが、布で巻いている手の無い腕を指して尋ねる。
「皆に全部お話します。村の中央に集まってください」
・・・・・・
村の中央にある大きな広場で、皆の視線を浴びて立っている。
ミカトとリムルルは、これからナコルルが話そうとしている事を知っているが、他の人間はただ、ナコルルがどんな話をするのかどきどきしていた。
ナコルルはうつむき、悲痛な表情を浮かべる。きっとこれを言えば、村の人々全員の見方が変わってしまう。もう、今まで通りではいられなくなってしまう。でも、これはけじめの一つだ。皆に話さない訳には行かない。
「・・・私は、森の外の村を、滅ぼしてきました」
外の人間が森の自然を荒らしている事、気が付いたら自分の体に木の枝が巻きついていた事、村の人間を殺していき、家の一軒一軒を壊滅させていった事、リムルルやミカトと刃を交えた事、覇王丸と戦って手を切り落とされた事、ナコルルの口からつむぎだされた言葉は衝撃的なものだった。
民衆同士のひそひそ話が始まる。口々に「あのナコルルが?」というような、信じられないというような反応を返していた。
胸が締め付けられるような感覚に、うつむいて下唇を噛む。予想はしていたのだが、こんな自分を受け入れてくれるわけが無いと確信する。
『ごめんなさい』
そんな声が頭に直接響く。もう一人の自分は消したから、他に自分の中に居るものなどいないはず・・・一つだけあった。
(私の中に入ってきた子ね)
ナコルルの背中を突き破って進入してきた木。それが今、ナコルルの中で謝罪の言葉を述べている。
『僕のせいで痛い目に、辛い目にあわせちゃって、ごめんなさい』
(違う、これは私が自分の意思でやってきた事。痛いのも私のせい、辛いのも私のせい)
「もう、過ぎた事だ」
ヤンタムゥの声に我に帰る。気付いたら目の前にマナリと、ヤンタムゥと、リムルルと、ミカトが立っている。
「それよりも、ナコルルが生きてるってことのほうが大事だよ」
マナリの精一杯の慰め。後ろの人々に目を向けると、皆がうなずく。皆考えは同じという事だ。
涙が溢れ出した。皆の優しさが嬉しくて、幸せで、でも辛くて、悲しくて・・・。
「ありがとう、でも・・・」
自然を荒らす人間への怒り、人間を惨殺した自分の罪にさいなまれ、普段通りの生活に戻れる自信が無かった。
『僕が直してあげる』
(・・・直るの?)
『僕と、自然としばらく一体になるんだ。もう大丈夫になったら開放してあげる』
(私はその間、どうなるの?)
『眠るだけだよ。嫌な事だけ忘れるように』
ナコルルは迷った。トラウマを治す事が出来るのはいいことなはずなのに、自分は簡単に忘れていいのか疑問をもってしまうのだ。
『・・・ナコルルは、何も悪くない』
その言葉が決定打となり、眠りに付く事を決心する。
「ごめんなさい、私には乗り越えないといけないものがあるの。そのために、しばらく眠りに付きます」
「・・・いつまでだ?」
首を横に振る。ただ一言、忘れるまでとしか言う事が出来なかった。もしかしたらすぐ忘れられるかもしれない、逆にいつまでたっても忘れられないかもしれない。
「リムルル、ミカトの事をいじめちゃ駄目よ。
ミカト、リムルルの事、お願いね
マナリ、ヤンタムゥ、二人の事、お願い」
まるで今生の別れのように聞こえた四人が、不思議そうな表情を浮かべる。
突然後ろに歩き出し、四人との距離を置くナコルル。何をしようとしているのかと、好機の目で見つめる人々と再び向き合う。
「きっと戻ってきます」
その一言だけ口にして、ナコルルは目を閉じる。
視線の先で信じられない事が起きていた。
ナコルルの背後から無数の木の枝が現れ、それがナコルルの体を包んでいく。それがだんだんと地面に根を張り、植物の塊が段々と空へ向かって伸びていき、瞬く間にそこに、巨大な木がそびええ立った。
それを見て皆は気付いた。ナコルルが床へ眠りに付くというのは勘違いなのだという事を。
皆が駆け寄った頃には、もうそれはものを言わぬ植物と化していた。
「ナコルルが護神木様になられた」
一人がそう言ってその場にひざまずくと、他の皆もそれに習い、手を合わせながらひざまずく。
「姉さま、もうどこへも行かないって言ったのにっ!」
リムルルが怒鳴り上げ、今日何度目かの涙を流した。
ミカトが側にいることは分かっていても、リムルルはどうしようもない孤独感に襲われる。今まで姉にすがりつくような生活をしてきたせいで、ナコルルがいなくなることが耐えられなくなってしまっていた。
「・・・ここにいるじゃないか」
ヤンタムゥが目の前の木を撫でながら呟く。
「きっとナコルルは、村の中心で私達のことを見守ってくれるんだよ」
「・・・姉さまあああぁぁぁっ!」
リムルルは木の幹にしがみつき、声の限りを上げて泣いた。きっと今日最後の涙、姉が戻ってくるまで泣かずに頑張ろうと誓う。
「ナコルル、僕も待ってるから。こっちの事は任せて」
眠りに付くナコルルに心配を掛けぬように語り掛けるミカト。ナコルルが目覚めたとき、ナコルルが笑って暮らせる環境を作り、保とうと誓う。