「んん、んあぁ・・・いい天気だったなぁ」
袖に黒い模様の付いた服を着て、長すぎる黒髪を後ろで束ねている男が、赤い夕焼けを背に受けながら、団子屋の椅子に座って大きく伸びをする。流浪の旅で行き着いた村で休憩中だった。
「お客さん、お侍さんで?」
人懐っこそうな団子屋のおばちゃんが話しかけてくる。
「人には仕えねぇけど、一応な」
男は当ての無い旅をしていた。この日本という国の様々な地方を回り、強い剣士を捜し求めていた。そして、その強い剣士と戦うことに生きがいを感じていた。いつ殺されてもおかしくない、そんな戦いを続けるが、そこにこそ自分が捜し求めていた何かがある、そんな漠然とした何かを捜し求めていた。だから男は、人の道をはずすようなことは決してしないが、自分が正義のために戦っているという気持ちはかけらも無かった。
そして今度も、強い剣士を求めて船で海を渡り、の港街を出て最初の村にいた。
今が夏でなければ、男の着ている袖無しで薄地の服では、到底その寒さには耐えられなかったであろう。
「随分とのどかな村だなぁ」
「おかげさんでねぇ。でも、この先の村じゃぁ無駄な動物狩りをやってるらしぃよ」
男の目つきが変わる。男は決して正義ではないが、人が誰の目にも分かるような悪事を働いていると、それを放っておくことは出来なかった。今回のその動物狩りも、おばちゃんの口ぶりから言って、決して褒められたものではないのが分かる。
もう少し詳しく聞いてみると、その村の若い衆が森に入り、面白半分で動物を狩っているとのこと。
それは明らかに無駄な殺生であるらしく、殺した後その獲物を持って帰るということをしないらしい。
「弱い者いじめみたいでいやだねぇ」
「けっ、全くだ」
男の次の目的地が決まったところで、残り一本の団子を口にほおばって、それを茶で流し込んでから立ち上がる。
「おばちゃん、この村の宿ってどこにあんだい」
男はおばちゃんから宿の場所を聞き、早速その宿に向かって歩き出した。
さっきから喉が渇く、動悸が激しくて意識が飛んでしまいそうだ。
真っ直ぐ歩いたかと思えばふらりと横に逸れ、地面に木の根っこがあってはそれにつまずき、ナコルルの泥で着色された服が、更に泥で上塗りされていく。
ナコルルにはそのことも気にはならなかった。早く、早くこの苦しみから解放されたい、家に帰って寝てしまえば、朝起きたらすっきりしているはず。そんな確信の無い希望を胸に、ぼやけてよく見えない森の中を進んでいっていた。
ナコルルの頭の中は、今は家に帰ることだけを考えているはずだが、時折浮かんでくるさっきの、数多くの動物達の無残な姿を思い出し、泥だらけの手で口を押さえてその場でひざまずいてしまう。
「うっ、ええ・・・」
が漏れる。いっそのことお腹の物を吐き出してしまいたい、そして一緒にこの苦しみの元も吐き出してしまいたい。そんな希望を持ちながら嗚咽の声を漏らすこと七回目・・・。
もうそろそろナコルルにも、諦めに似た感情が表れる。諦めたところでこの苦しみから解放されるわけではないが・・・。
少し落ち着いてきたところで、横にごろりと転がって仰向けに寝転がる。まだナコルルの服の中で汚れていなかった背中も、ついには泥だらけになってしまった。
何度も無理に息を吐き出してたせいで、喉がひりひりと痛む。体中が鉛のように重たい。
頭の中が冷静になると、さっきの少女の言っていた「その気があるのならまたここに来なさい」という言葉が気になってきた。
「その気って、なんだろう・・・」
ナコルルには、あの少女の考えていることを読み取ることが出来ない。また、私を戦場へと連れ出そうとしているんだろうか・・・以前のナコルルなら、二度と戦いへは出ないと心に誓った手前、少女に何を言われてもそれを拒み続けてきただろう。今の不安定なナコルルでなければ・・・。
「帰らなきゃ、早く帰らなきゃ・・・」
早く帰って、邪な考えを起こさないよう落ち着かないと。そう思ったナコルルは、自分のなのに思い通り動かない体にを打って起き上がり、さっきと変わらぬおぼつかない足取りで森の中を歩いていった。